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怒りの炎を抱きしめる [  読んだ本・観た映画]

私は、喜怒哀楽がはっきりしているタイプだそうです。
怒っていないのに「怒っている?」と聞かれることもあります。
なので、怒りのコントロールは、ずっと私の課題です。

土曜日たまたま見たEテレの番組で、ヒントになりそうな話をやっていました。
その番組は「禅僧ティク・ナット・ハン 怒りの炎を抱きしめる」というもの。
(NHKのHP→ 期間が過ぎると削除されるかも)
この方は世界的に影響力のある禅僧だそうですが、私は全く知りませんでした。
2回シリーズの第1回目のアンコール放送の再放送だったようです。

第1回は、紛争や対立、差別などの「怒り」をどう変容させたらいいのか、波乱に富んだ人生からひもとく。真髄はブッダの教えに基づく「マインドフルネス(今ここに存在する自分に気づく)」。自と他の区別をなくすことで、怒りを静め、社会を変えることができると説く。原点は、ベトナム戦争。教えを受けた高僧の焼身や弟子の殺害に苦悩し、暴力で対抗せずに慈悲の境地に至る。そして、キング牧師と共鳴、国際社会を変革していく。
(NHK HPの説明書きから)

番組は、かなり高尚な内容でした。
レベルの高い怒りに対処できるなら、日常生活レベルの怒りにも対処できるはず。
「インター・ビーイング」と「マインドフルネス」の話が印象的でした。
(寝ぼけながら見ていたので、真意を掴んでいるか怪しいところもあります。)

インター・ビーイングは、怒りの発生を減らせそうな考え方。
マインドフルネスは、怒りへの対応方法。
両方を実践すれば、「怒っている?」と聞かれることもなくなるかも?

1.インター・ビーイング(相互共存)

蓮の茎を横にして指し示し、茎の右と左があるが、右が不要と切り捨てます。
しかし、残りは左だけにならず右が生じると指摘していました。
(左の中で、あっちは「左でも右(保守)寄り」と右を作り出す。)

私には、できるだけ「均一にしたい」欲求があります。
相手を尊重すると気持ちは持ちつつも、説得したがる。
でも、右あっての左、左あっての右。
すべて均一にすることなんて不可能なんですね。
自然界で考えれば当たり前ですけれど、人工的な世界に慣れると可能な気になってしまう。
私の「均一にしたい」欲求は、美的な感覚から来ている気がします。
均一の方が美しいと感じてしまうから。
古来、日本人の美意識は自然を基準とする(=均一を嫌う)ものだったはず。
自然から離れてきているからでしょうか。

2.マインドフルネス

番組を途中から見たからか、マインドフルネスの具体的説明は聞けませんでした。
ただ、番組中に、ティク・ナット・ハンの仲間の僧が言っていた言葉にどきっ。

怒っている間は口を開かない、武器を取らない、グラスを割らない
(武器…の部分は違ったかも)

私は、若い頃お皿を割りそうになったことがあります。
割りはしませんでしたが…
試してみなくては、マインドフルネス。

そういえば、マインドフルネスはNHKスペシャルの「キラーストレス」でストレスから脳を守る方法として紹介されていました。(NHKのHP→
怒っているときは、強いストレスを受けている時ですものね。

心をむしばむストレス、その正体として浮かび上がってきたのがストレスホルモンの「コルチゾール」です。長く続くストレスでコルチゾールが多量に分泌されると、脳の海馬で、神経細胞の突起を減少させることが分かってきました。海馬は、記憶を司り感情に関わる部位。損傷すると、認知症やうつ病につながる可能性が見えてきたのです。
(NHK HPの説明書きから)

怖~い。
この先も、体にも頭にも長く元気に働いてもらわなくてはいけませんから。
インター・ビーイングに沿った考え方とマインドフルネスを少し実践しなくては。


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